2015年1月6日火曜日

好奇心

新年明けましておめでとうございます



年の瀬は、ヘボ将棋を指している内に過ぎてしまいました。

50秒 1、2、3、4、


必死で飛車を守っている内に、王様雪隠詰めで投了。



除夜の鐘が静かに新年の訪れを告げました。


何年たっても上達しません。


しかし、好きなものはいいですね。


好奇心というやつです。



今年は紀行文で描かれた那須地方を歩きたいと思っています。


特に、明治の初期に日本を旅したイギリスの女性旅行作家イザベラ・バードの足跡を、近くだけでも訪ねようと思っています。


那須は松尾芭蕉がおくのほそ道で元禄二年(1689)に那須温泉神社、殺生石、遊行柳と訪れています。

那須連山の麓、奥州街道を横切って奥州へと分け入って行きました。



イザベラ・バードは明治11年(1878)、松尾芭蕉から約200年後、裏那須の会津西街道を旅しながら、北上します。


西南戦争が終わった翌年ですから、欧米人にしてみれば前人未到の地でした。



おくのほそ未知だった時代です。


その旅行記に描かれている日本はとても美しく、滑稽で楽しい描写で溢れています。


ガリバー旅行記を彷彿とさせてくれます。


温故知新



今年もよろしくお願いします。












2014年12月2日火曜日

那須高原 明治のロマンのおもてなし

結構毛だらけ猫灰だらけ

那須野ヶ原は石だらけ

と言われるほどに那須は古来より不毛の土地でした。

明治に入り、勝利した官軍のパワーエリート達により、那須は大規模な農場が沢山できた日本に例の無い場所です。







その中の一つ、道の駅「明治の森・黒磯」にある旧青木邸那須別邸です。

彼らは日本有数の疎水をつくり、力ずくで開拓を成し遂げました。

幕末から明治という、時代を変えていったパワーを感じます。





特に青木周蔵氏の造った、青木邸那須別邸は綺麗に保存された白亜の洋館です。


明治の華族というものがどれだけ凄かったわかります。


浮世離れした、明治のロマンを味わってみてください。


那須高原 明治のロマンのおもてなし


2014年10月24日金曜日

那須高原 赤鬼達のおもてなし

地元で三段染といわれ、大変美しい紅葉で知られる深山湖です。


 西村寿行氏の小説「峠に棲む鬼」の舞台となった場所です。




神秘的なエメラルドグリーンと紅葉のコントラストは、一度見ると忘れません。

真っ赤に染まった木々がまるで赤鬼のようです。

見頃を迎えています。





なんとも美しい湖面です。

ほとんど観光客には知られていない場所ですから是非訪れてみてください。

鬼達が笑っているような紅葉です。

うちにも鬼嫁が一匹いるぞ!という人も是非どうぞ。



那須高原 赤鬼達のおもてなし


2014年10月17日金曜日

那須高原 紅葉のおもてなし

10月に入り紅葉シーズンも本格化してきました。

山岳地帯だけではなく高原が色づき始めています。

駒止の滝です。

美しい滝です。




テレビか何かで放送されたのでしょうか。

2時間で駒止の滝のページに600アクセスぐらいありました。

美しく色ずいており紅葉とのコントラストが素晴しいです。



八幡崎高原の雲海です。

つつじの群生地として有名ですが、標高1050mで展望もいいところです。

あまりこの辺から雲海は見れないのですが、今日は雲が低く紅葉とのコントラストがキレイでした。






那須高原恋人の聖地展望台。

大きな虹が架かっていて皆さん大はしゃぎでした。






つつじ吊橋です。

ちょっと私は高い所が苦手なのであまり渡りません。



ダメよ〜 ダメダメ といった感じです。



一年の内でも最も美しい季節ですから、那須高原に是非来てみてください。

那須高原 紅葉のおもてなし







2014年10月4日土曜日

那須高原 本物のおもてなし

今回は那珂川町馬頭広重美術館です。

歌川広重の貴重な肉筆画も展示されています。

天才フィンセント・ファン・ゴッホをギャフンといわしめた広重の美術館です。

まあ、ギャフンといったかどうかは分かりませんが、ゴッホの書簡にも広重を大変尊敬していたことが残されています。





タンギー爺さんのバックにも広重の絵が飾られています。

きちんと意図があって描かれたものと思います。


日本を愛したゴッホ。






同じバックに描かれた渓斎英泉(けいさい えいせん)の(雲龍打掛の花魁)です。

ゴッホは何枚も模写しています。

これは生で昨年広重美術館で見ることができました。



前回は那須高原の外国のモノカルチャー化ということで書きました。


那須にも沢山のプロバンスにちなんだ名前を目にします。



何故ゴッホが南仏プロバンスに行ったか?


それはプロバンスが日本と似ていると思ったからです。


ゴッホが恋こがれた安藤広重です。


世界のヒロシゲブルーを生で見れる機会はそうあるものでは無いと思います。



那須高原に来たら是非訪れてみてください。

建物も隈研吾氏のデザインしたすばらしい美術館です。







那須高原、本物のおもてなし。







2014年9月23日火曜日

那須高原 花鳥風月のおもてなし

2014年9月22日の夕暮れです。

山間の伊王野蓑沢です。

人間もノンビリしていればアゲハチョウもノンビリしています。

弱っているちょうちょではありません。

明日も元気に飛び回るキアゲハです。


手のひらに乗るキアゲハ

蝶の息吹が聞こえるようです。




私の28mmでは精一杯引いて、片手で撮りましたがボケてしまいました。

アゲハチョウが笑っています。

アゲハチョウの笑顔を見せられないのが残念です。



静かに蝶と話をしてみました。

明日も皆んなを楽しませるのに飛び回るそうです。


本当のおもてなしとは?

作り笑顔の中にはありません。



秋の夕暮れに自分の影法師が長く伸び、季節の移ろいにビックリしました。

暑さ寒さも彼岸までと言いますが、今年に関しては暑さはありません。

今日は9月の22日です。

見頃を迎えつつあります、ネクスト1ウィークで満開です。

9月28日の日曜日には、地区の皆さんから食べ物も振る舞われるそうです。




那須高原 花鳥風月のおもてなし










2014年9月17日水曜日

那須高原のモノカルチャー化

裏那須の秘湯奥甲子温泉大黒屋です。

甲子トンネルができたので車で簡単に行けるようになりました。

三本槍などから流れでた水が阿武隈川の源流になる処です。


白河藩主松平定信公が愛したものすごくキレイな温泉が湧いています。

那須の秘湯というワードで検索される人が沢山います。

現在、中々那須にはこれという秘湯はありません。

地元の人間が秘湯と思う場所の一つ。

裏那須の奥甲子温泉。

車でたいして距離はありません、那須湯本駅から那須ガーデンアウトレットに行くのと大体同じですから秘湯の好きな方は是非どうぞ。

裏那須の秘湯、本物です。




那須高原という事について考えてみましょう。

那須高原という言葉は地元ではほとんど使いません。

那須高原の定義というのはウィキペディアにでているような難しい事ではありません。

キュービー号という観光周遊バスが走っている区域の、都会の飛び地のような場所の事です。

セレブとかハイソというのがキーワードですかね。

外国というモノカルチャー化した場所といってもいいかもしれません。

那須高原の観光大使は国際的なオヤジころがしの悪ぎつね、九尾の狐がつとめております。

きゅーびー」つり目が何となく怖いですね。

写真がダーティになってしまっています。

地域の概念を形にして思いきりゆるく表現したのが、ゆるキャラだと思いますが、九尾の狐を正義の側に持っていくのには少し無理があるような気が個人的にはしますが、とうなのでしょうかね。



そういう訳のわからない文化が那須高原に増えてしまいました。

外国のモノカルチャー化もスゴイです

日本食(和食)がユネスコの無形文化遺産に登録され、沢山の海外の人達が日本文化に注目する中で正反対に外国文化ばかりを追っています。

何年か海外に行って勉強しましたとかが多いですかね、70年代なんかと違いますから通用するのですかね。

頭を金髪にして欧米人になったような気がするのと変わりません。

世界常識として海外では沢山の移民がいますから、そんなのでは他所の国では通用しません。

そういうテーマのカテゴリーでもブログを進めたいと思っています。

2年近くもブログという項目をホームページに作っておきながら、一文字も書かずに過ぎてしまい、先月8月からやっと少しずつ書き始めました。

最近気にして那須のブログを読むようになりました。

飛び地に住んでいる方のブログがほとんでですね。

週末、別荘、ワンちゃん、食べ歩きというのがスローライフなようです。

もちろん軸足は那須にはありません。

週末だけでしたらのどかな田園風景

365日住んでいれば過疎の中山間地帯です。

少しずつでも更新しようと思っています。